吉田ひとみ

セラピストが我欲で学んで何が悪い?〜本当に人の役に立つのは、「自己◯◯」〜

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吉田ひとみです。
今日は、息子と娘の睡眠がかみ合わず、おまけにハプニングもあり、
こんなに何にもできないものかと、、ちょっと諦めの境地に差し掛かっています。

最近、子供達を見ていて
そして、自分の過去を振り返ってみて感じたことがあります。

それは、大人の私たちが無意識に自分の「成長欲求」にフタをしていないか?ということ。

どういうことか、これから説明しますね。

私は小学生の頃、いつしか周囲のお友達にテストの点数がバレないように隠すようになりました。
なぜか。
テストの点数が、良かったからです。

テストの話題になると、お友達は自分よりも低い点数を自慢(?)し合い
とても仲がよさそうにしていました。

これでは、仲間に入れない・・・子供ながらそう思ったのでしょうね。

わたしだけではありません。

わたしは大学生の時に塾の講師をしていたのですが、なんと私と同じような子に出会いました。
成績がとても良く、明るい子なのですが
学校ではテストの点数を隠し、大人しくしているというのです。

なぜなんでしょう。

何を学んでもいいし、何に興味があってもよく、得意なら探究するのもいいはず。

わたしには4歳になりたての息子がいますが、恐竜が大好きで、毎日のように辞典を眺め、DVDを見て、どんなデフォルメされたイラストの恐竜でも、名前を言い当ててしまいます。

ひらがなを特には教えていませんが、字幕のひらがな部分を読むようになりました。
ひらがなを覚えたくて「この本読んで!」とせまってきます。
聴きながら、文字を頭に入れているようです。

これって、純粋に「成長欲求」ですよね。
知りたい、自分の知識欲を満たしたい。が故の行動です。

ではなぜ、小学生のわたしや塾の生徒さんは、テストの点数を隠さねばならなかったのか。

答えは、「周りと違うのがイヤだった」からです。

マズローの欲求5段階説をご存知でしょうか。
下から、生理的欲求、安全欲求、所属欲求、承認・尊厳欲求、自己実現欲求と積み上げられたピラミッドでよく表現されます。

 

テストの点数を隠していたわたしたちは、「所属欲求」=みんなと同じ、足並みを揃えたかったのです。
わたしの場合は、目立ちたくなかったので「所属欲求」でしたが、逆に人の目を引きたくて、目立ちたい、例えばアイドルになりたい、そんな人は「承認欲求」=認められたい、に当たるかもしれません。個人差があると思います。

と、話を戻しますが、わたしたちは、こういった学校教育の中で育ったこともあり、大人になっても少なからずこの「所属欲求」を満たすような行動を取りがちです。

勉強会など、自己成長の場に、行かない。
行ったけど、せっかく学んできたことを現場で実践しない。

同僚は誰も勉強会に行っていないから。
自分だけ変わったことをしていたら足並みが揃わないから。。
本当は、もっと技術を高めたいけど、誰もしてないし。。

先ほどのマズローの欲求5段階説ですが、基本的には下の段階を満たさないとつぎに進めないといわれています。しかし、下の段階を100%満たさないといけないわけではなく、それぞれ何%かが満たされると次の段階に進むといわれます(詳細は割愛しますね)。
また、発達の段階とは違うので、子どもでも、下の段階が満たされれば次の段階に進みます。

そして、この段階はある場所を境に、「欠乏欲求」と「成長欲求」にわかれます。

欠乏欲求とは「ないものを満たしたい」ということです。
この境界線は、【自己実現欲求ー承認欲求】の間に引かれます。

先ほどの息子の欲求は、欠乏欲求ではないですよね。
成長欲求です。
つまり、自己実現欲求。
自己実現欲求を超えると、他者のために貢献したい、他者の役に立ちたいという欲求が生まれるといいます。

ということは、自己実現=自分を満たさない「他人のため」は
自分を犠牲にしてどこか無理をしているのです。

大人であるわたしたちは、意外と

「患者さんの役に立ちたい」
「患者さんをよくしたい」という目的、欲求がありながら、

職場という環境で起こっている「所属欲求」にフタをされていませんか?
学びたい、という成長欲求を、無意識的に失ってはいませんか?

あなたの中にある
「抜きん出たい・・」
(これは承認欲求ですが、所属欲求の次の段階ですのでこれがキッカケでもいいと思います)
「技術的にうまくなりたい」
「人の役に立ちたい」

そんな気持ちが、
「あ、足並み揃えないと」
「周りと同じことをしないと」(所属欲求)
という「欠乏」欲求に負けてはいませんか??

そのフタ、外しませんか?

我欲で学んで何が悪い?
自分が学びたいものを学んで何が悪い?
身につけたいものを身につけるために努力して何が悪い?
成績が良いのを隠して、勉強をしないでいようとしていたかつての自分に
今はこう言ってやりたいです。
上には上がいるし、何より成長することは何にも変えがたい喜びです。
(論語でも学而第一の一番初めで語られています)

一度、高次の段階の欲求を満たしてしまうと、もう下の段階の欲求には興味がなくなるといいます。(崩れた場合は別ですが)

きっかけはなんでもいいのです。

もう、欠乏を埋めるのではなく
子どもの頃に持っていた、成長欲求を取り戻していきませんか?

わたしは、初めて職場の同僚の腱鞘炎の痛みを一瞬で取れたとき、
めちゃくちゃ感動しました。
「これは一歩抜きん出れる!」(当時は管理職として認められるためにも技術習得目指していたので、見事な承認欲求です)
「患者さんの役に立てる!」と。

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最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

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